大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)10321号 判決 1991年5月14日
千葉県<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
櫛田寛一
同
平野博三
大阪市<以下省略>
(旧商号・木谷商事株式会社)
被告
洸陽フューチャーズ株式会社
右代表者代表取締役
A
兵庫県宝塚市<以下省略>
被告
Y1
岡山県倉敷市<以下省略>
被告
Y2
大阪市<以下省略>
被告
Y3
右四名訴訟代理人弁護士
正木孝明
同
桜井健雄
同
井上英昭
主文
被告洸陽フューチャーズ株式会社、同Y2及び同Y3は、各自、原告に対し、金一四〇一万八七五〇円及びうち金一二八一万八七五〇円に対する昭和六一年一一月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告の右被告らに対するその余の請求及び被告Y1に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告と被告洸陽フューチャーズ株式会社、同Y2及び同Y3との間ではこれを二分してその一を原告の、その余を右被告らの各負担とし、原告と被告Y1との間では、すべて原告の負担とする。
この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
1 (主位的請求)
被告らは、各自、原告に対し、金二八一三万七五〇〇円及びうち金二五六三万七五〇〇円に対する本件訴状送達の翌日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)
被告会社は、原告に対し、金二五六三万七五〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二主張
一 原告の請求原因
1 (当事者)
被告会社は穀物取引仲介を目的として設立された株式会社で、大阪穀物取引所の会員であり、商品取引法に定める主務大臣の許可を受けた取引員であって、原告との以下のような取引の当時、被告Y1(以下、「Y1」という。他も同様に省略する。)は被告会社の代表者であった者、被告Y3、同Y2は、いずれも被告会社の従業員であった者である。
原告は当時、a銀行●●支店に課長補佐として勤務していた者である。
2 (原告と被告会社との取引)
原告と被告会社との間で昭和六一年(以下、特に断らない限り、月日はすべて同年)七月一六日から九月三日までの間、別紙取引一覧表のとおりの大阪穀物取引所における輸入大豆の先物取引の仲介委託が行われた。この取引について、原告は被告会社に委託証拠金として、
七月一六日 金七〇万円
七月一七日 金二一〇万円
七月三〇日 金三五〇万円
八月一日 金七〇〇万円
八月二六日 金二一〇〇万円
合計金三四三〇万円
を交付したが、九月九日になって最終的に損益清算をして八五六万七五〇〇円の返還を受けたほか、取引中に利益金として七万円及び二万五〇〇〇円の交付を受けただけであったので、差引二五六三万七五〇〇円の損失となった。
3 (取引員の注意義務)
(一) 商品先物取引の投機性・危険性
(1) 価格変動の予測の困難さ
商品取引における価格は、政治・社会・金融・軍事・気象その他さまざまな要素や思惑が働いて決定され、ときには思いがけない要因によって左右される。また情報は、入手の容易な日刊紙のほか、業界紙や外国通信、情報分析業者の販売する罫線資料等、さまざまのメディアによってもたらされるが、その中から価格変動要因を的確に把握し分析しなければならない。しかも、限月という一定の枠の中で、絶えず変動する状況と流動する情報の中で決断を迫られるため、その分析は継続的なものでなければならない。このように、相場動向を判断するには極めて専門的で高度な知識と経験を要するのであって、本来の仕事や家事の片手間にできることではなく、普通の委託者にとって大変な難事である。
(2) 手仕舞いの強制
限月制があるため、不利益にかかわらず処分を強制される。
(3) 委託証拠金による取引の危険
商品代金の約一割程度の委託証拠金を預託することにより大量の売買が可能であるため、大きな利益が出ることもあるが、反面不測の損害が発生する危険があり、取引単位当たりでは僅かな値動きであっても代金総額に対しては大きな損益となって現れる。
また、相場の推移により損失額が委託証拠金の半額に達したとき、その建玉を維持しようとすると追加証拠金(追証)を入れなければならず、損を確定したくないという委託者心理が働いて、結果としてますます損失を拡大することにもなり、ストップ安等のため、手仕舞いの注文が執行できず、預託した証拠金以上に損失が大きくなる危険もある。
(4) 取引の仕組みの複雑・専門性
商品取引員から渡される「しおり」や「手引き」の類を一、二度読んだ位では、容易にその全容を理解できるものではない。例えば追証を徴求される条件について直ちに理解できる人はほとんどない。
(5) 利益率
企業の成長に伴う利益が期待できる株式取引とは異なり、商品取引は、利益は他人の損失によってのみ生ずるものであるうえ、取引員を通じて参加する一般の委託者は一回の取引によって委託証拠金の一割位の手数料を支払わなければならず、利益となる確率は二五パーセント位と言われ、一回の取引で四人のうち一人位しか勝てない可能性に賭ける賭博行為である。
(二) 委託者保護の必要性と取引員の注意義務
我が国の商品取引所は、当業者つまりその商品の生産、加工、流通に携わる業者によって取引所が構成され、それに職業的、半職業的投機者が加わることによってリスクヘッジ機能が果たされることを予定したものであるが、前記のように先物取引は高度かつ複雑な仕組みと、類を見ないほどの危険性を持つものであり、取引員と一般大衆との間には、知識、情報、判断力等の点で極めて大きい格差があるのであるから、顧客が自己責任の原則どおり自分の行為の責任を取ることで足るとするには、責任を負うべき行為の意味を理解し判断する能力が必要であり、取引員は、一般大衆を勧誘し、投機の危険を負担させようとする以上、商品取引所法、同施行規則、商品取引所の定款、受託契約準則、全国取引所連合会の指示事項、全国商品取引員大会の協定事項、新規委託者保護管理規則等に従って、その勧誘、受託に当たって、以下のような注意義務を負う。
(1) 不特定多数に対する無差別の電話勧誘や、取引意思の殆どない者に対する無差別あるいは執拗な勧誘等をしてはならない。
(2) 投機的取引であることを充分に説明すべく、投資、利子、配当などの語を用いて投機的要素の少ない取引であると誤信させてはならず、委託証拠金・追証や売買単位等をも、分かりやすく説明しなければならない。
(3) 融資の斡旋や利益供与によって勧誘してはならず、証拠金を受け取らない「無敷」または証拠金が不足する「薄敷」での取引受託をしてはならない。
(4) 断定的利益判断の提供や利益保証を伴う勧誘をしてはならない。
(5) 無断売買、一任売買、両建て、過当な向い玉、無意味な反復売買(ころがし)、不当な増し建玉、過当な売買取引の要求(手仕舞い要求に対し、建玉を条件として応じ、利益が出たときにそれを証拠金の追加として新たな取引を執拗に勧誘すること、損失を取り戻すことを強調して執拗に取引を勧めることなど)、証拠金の返還遅延など、いわゆる客殺しの手法をとってはならない。
(6) 担当外務員は責任をもって客との応援・助言に当たるべく、その交代によって客を混乱させてはならない。
(7) 特に、新規委託者については、前記の新規委託者保護管理規則で、保護期間三か月内を定め、その期間内は、二〇枚を超える建玉を受託することを原則として禁止している。その例外としての取引を受託するには、担当の審査を経ることが必要である。
4 (取引の経緯)
原告が本件取引をした経過は次のとおりであった。
(一) はじめに五月中ころ、被告会社の営業マンであるY3が、原告の勤務先へ電話をして、「商品取引をやらないか。今、大豆が最低の値で、今後絶対に上がるので間違いなく儲かる。一〇枚くらいやってみないか。」と勧誘した。原告は被告会社もY3も全く知らず、商品取引の知識も経験もなく、一〇枚の意味も判らず、強く断った。
(二) ところがその後も、Y3は執拗に勧誘を続けた。
(1) 二、三日後、Y3は原告の勤務先へ何の予告もなく、突然押し掛けてきて、同様の説明をし資料を手渡して勧誘した。原告の勤務先では商品取引には手を出してはいけないとの不文律もあり、原告は強く断った。
(2) その一週間ほど後にY3は再び電話で勧誘し、さらに四、五日後には原告の勤務先へ押し掛けてきて、資料を置いて帰った。
(3) 七月一四日ころ、Y3が電話で「今が最後のチャンスだ。今買えば必ず倍になる。一〇枚でもいいから買ってくれ。」と電話してきた。
原告はこれを拒否し、「絶対に銀行に電話をしないでくれ。迷惑だ。」と断った。
(4) その翌日には、Y3の同僚と名乗る男が電話をしてきて、専門用語をまくしたてて勧誘した。
(5) 七月一六日、再びY3は、「今、大豆が最低値で、絶対儲かるから、一〇枚だけでも買わないか。」と電話で勧誘した。
(三) 原告は、Y3らの執拗・無礼・強引な勧誘により、仕事にも支障が生じ、あたかも商品取引をしているような印象を職場の者に与え、勤務先における信用を損なうおそれがあることや、断っても執拗かつ強引な勧誘が繰り返されるであろうこと等から、一度だけ最小単位の取引をするしかないと根負けしてしまい、七月一六日、やむなく、Y3に対し、
(イ) 最小単位であるという一〇枚金七〇万円の委託証拠金の範囲に限って一回だけの取引とすること。
(ロ) 買ったときよりも一円でも下がったら、連絡が取れなくとも、損切りでもいいから手仕舞うこと。
(ハ) 今後勤務先に電話しないこと。
を条件に取引をすることを承諾し、Y3は右条件を承諾した。
(四) Y3は、原告が承諾するや、必要書類の交付前で、かつ、契約書作成の前に、委託証拠金七〇万円を要求して原告からその交付を受けて、注文を取次いで取引を成立させ(別紙取引一覧表整理番号①。以下番号のみ示す。)、その後、契約書を作成し、さらにその後になって初めて、商品取引の仕組みや委託者の注意するべき事項を記した「商品取引委託のしおり」(以下単に「しおり」という。)を原告に交付した。
原告は右七〇万円を売買代金と考えていたほどであるが、Y3は、商品取引の仕組みや証拠金の意味なども、「しおり」を見た原告から質問してようやく答えたていどであって、もちろん左の事実を告げなかった。
(イ) 商品取引が投機であって、常に危険を伴うこと。
(ロ) 被告会社が追証拠金を際限なく要求したり、短期間内に繰り返し取引をさせたりする場合のあること。
(ハ) 取引により巨額の出損をよぎなくされるおそれのあること。
(五) ところが、勤務先に電話をしないこと、一回限りの取引とすることという約束を無視して、Y3は、翌一七日にも原告の勤務先に電話をかけて、四〇枚分(委託証拠金二八〇万円)の取引の追加を要求してきた。
原告は明白に取引を拒否していたが、Y3の勢いに押し切られてやむなく同日、三〇枚分の追加注文をし(②)、その後、証拠金二一〇万円を渡した。
(六) 七月二二日の時点では右①②の買い建玉四〇枚分が利益を生じ、これをY3から知らされた原告は右建玉を仕切るよう注文した。ところが、Y3は、右建玉を仕切ったあと、原告が注文していないのに、再び五〇枚もの買注文をした(③)。
この五〇枚の証拠金には、被告会社は、仕切りをした四〇枚分の証拠金とその利益七七万円中の七〇万円を充て(七万円は後日交付された。)結局原告の取引額は増大させられた。
(七) さらに被告会社は、原告に無断で、次のとおり建玉を増やして取引を拡大し、証拠金を立て替えた。
七月二九日 五〇枚売り建玉(④)。
七月三〇日 五〇枚買い建玉(⑥⑧)及び五〇枚売り建玉(⑦⑨)。
被告会社は、右無断取引を隠して、原告に強く両建てを勧め、これを承諾した原告は、被告会社に、委託証拠金として、七月三〇日、金三五〇万円を、八月一日金七〇〇万円を交付した。
(八) 八月二日、Y2は、原告に、仕切り損金が出るおそれがあるとして、原告の危機意識を煽り、原告が勤務中であり充分な検討ができないのを奇貨として、仕切り(④⑤⑦)と両建て注文(⑨⑩⑪)とを繰り返した。
(九) また八月四日、同様に原告の危機意識を煽って、一〇〇枚(⑨⑩)を仕切ったが、原告に対する利益金の支払を免れるために、利益金二四七万五〇〇〇円のうち二四〇万円を将来の注文のための委託証拠金に充当したうえで、再び一〇五枚の売り玉を建て(⑬⑭)、二〇枚買い玉を建て(⑫)、わずか二万五〇〇〇円のみを原告に交付した。
(一〇) このように強引に両建てさせながら、被告会社は、八月八日、原告に無断で突然売り建玉(⑪⑬⑭)をすべて仕切ってゼロにし、買い建玉のみを残した。
(一一) この結果、八月一三日には相場の値下げにより損害が発生したが、被告会社はその損害を食い止めるためと称してさらに原告の危機意識を煽り、冷静に判断できない状態にさせておいて両建てを行ったうえ、二一〇〇万円もの両建て資金の交付を求めてきた。
これに対し、原告は八月一九日、そのような大金が準備できない旨を答えたところ、Y2は、原告が勤務先に知られたくないと考えているのに乗じて、「原告の勤務先の上司に会いに行く。」などと原告を脅迫した。
原告は右脅迫に屈し、承諾したが、被告会社は一三日に二一〇〇万円をすでに立て替えたとのことで、やむなく同月二六日に原告は被告会社に二一〇〇万円を交付した。
(一二) 九月三日、被告会社は原告にまた追証拠金を請求してきたが、原告にはすでに全く資金的余裕が無くなっていたので仕切り処分を申し入れたところ、被告会社は初めて仕切りを承諾して実行し、同月九日に至ってようやく、清算のうえは一切の債権債務がないことを確認する旨の書面を徴したうえで、清算金八五六万七五〇〇円を返還した。
5 (被告らの行為の違法性)
被告らの勧誘や取引仲介は、以下のとおり、類をみないほどに違法性が顕著である。
(一) 勧誘態様
(1) Y3は、被告会社が手に入れた名簿により、無差別に電話をして客を勧誘しており、原告に対してもこれにより、勧誘の電話をかけた。
(2) 前記のとおり、Y3は、「絶対儲かる。」との趣旨を述べて断定的判断を提供して、勤務先への出入りや電話などに原告が困惑して断っているにもかかわらず、強引に勧誘した。
またY2は、「両建てをした者は、自分の言うとおりにしなかった一人を除いて、一〇人中九人まで損をしたことがない。」などと述べて勧誘した。
(3) Y3は、準則に反して、商品取引に伴う取引の仕組み・両建ての危険性・財産出損の程度・追証拠金の請求の仕組みの詳細などを説明しないまま、取引を開始したうえ、「しおり」についても説明をしなかった。
原告は、「しおり」を見て売買の最少単位が一枚と書いてあるのにY3が一〇枚が最少と言ったのは何故かと質問したり、七〇万円が売買代金そのものであると理解していたほどで、追証がかかったとしても三五万円以下の損害に過ぎないと考えていたほどであった。
(4) 原告は勤務先での対面や仕事の忙しさを考えて、勤務先へは電話をしてこないようにとか、一回切りの取引であること等という条件を付したのに、Y3は当初からこれを無視して、強引に取引の拡大を勧誘した。
(二) 受託の違法性―いわゆる客殺しの実施
(1) 全国取引員大会は、新規受託者保護管理規則を定めて保護期間三か月中の取引枚数を二〇枚に制限して保護を図るようにしているのに、Y3もY2も、その規則の説明もしなかった。そのうえそのことを原告が理解したうえで取引を委託したかの如き文書を、限度枚数を超過した取引を行った後に、原告から徴し、日付けを遡らせている。
また、右限度を越える取引は、特別担当班の許可を得てから行うべきであるのに、被告会社では、右許可を事後に行うなど、規則を定めながら遵守していない。
別表のとおり、本件では取引開始後僅か二日目に制限枚数の二倍の取引が勧誘され、半月後には買い売り両方で一〇〇枚に達し、一時は五〇〇枚を越えるという異常に巨大な取引が行われた。
(2) 取引回数の頻繁さ
本件では、別表のとおり、僅か一か月半の間に二五回もの建玉がされている。これは被告会社の手数料獲得を第一目的とした取引であり、差益を目当てとする委託者としては無意味な反復売買であって、このような取引は「ころがし」と呼ばれ、取引所の指示事項において、明白に禁止されている。
(3) 巨大な両建て操作
両建ては、取引員にとっては客から預かる証拠金が二倍になり、手数料収入も二倍になるというメリットの大きい手法であるが、客にとっては、正常な損益判断を鈍らせるものであり、実際には売り買い双方の玉を損をしないように外していく(仕切る)のは極めて困難であるため、いわゆる客殺しに常用される手法であって、ころがしと同様にその勧誘を取引所は禁止している。
ところが、本件では、前記のとおり被告会社のY3やY2は両建てを勧め、巨大な両建てと両建て外しを繰り返していた。
(4) 計画的向い玉
被告会社では、組織的に被告会社が損をしないように、全面的に向い玉をしていたもので、その取引受託自体が、絶対的に客が損をするように仕向けることを目的とするものであった。
(5) その他
一任売買、無断売買ともに、商品取引所法で禁止されているところであるが、原告は具体的に積極的に取引を指示したことはなく、殆ど被告会社のいうままで、それでもなお被告会社は原告の承諾を得ない無断売買をも行った。
また、証拠金を受け取らないで(無敷)、あるいは証拠金不足なのに(薄敷)、取引を先行させることを取引準則では禁止している。業者の経営を危うくするためであるが、このような取引は、委託者においても自己の資金量との関係でのリスクを認識しないこととなり、委託者保護の面からも、厳に禁止されるべきものであるところ、本件では被告会社はこれに明らかに違反し、巨大な取引が成立したとして、事後に強硬に証拠金を取り立てた。
そのほか、被告会社は、担当者の交代、仕切り拒否、虚偽の情報提供、過当な増し建玉などの違法を繰り返した。
6 (被告らの不法行為責任)
(一) 被告会社の従業員らは、前記のとおり強引で無差別な勧誘に始まり、断定的な判断を提供し、無断売買・無敷建玉・両建て・ころがし・担当者の交代・仕切り拒否・虚偽の情報提供・過当な増し建玉を行い、その裏で大部分につき向い玉を行い、発足して間がない被告会社にのみ有利な投機的取引をさせる不法行為を行い、原告を騙して巨額の損害を与えたものであるから、被告会社は不法行為の使用者責任を負う。
被告Y1は、被告会社の代表取締役として被告Y2や被告Y3、営業部長B、業務担当Cを指揮監督して詐欺行為を率先して行い、少なくとも代表者として従業員の行う違法行為を是認していたものであるから、民法七〇九条により、不法行為責任を負う。
被告Y3は、発足して間がなく顧客の獲得を至上命令としていた被告会社の意を受けて、無差別で強引な勧誘と断定的な判断を提供することによって過当な取引を開始させ、継続させたものであり、登録外務員として遵守すべき事項を全く理解していないか理解しようとしていないのであって、不法行為者として賠償責任を負う。
被告Y2は、原告の担当をY3から引き継ぎ、またY3に戻すなどして原告の取引量を増大させ、向い玉を担当している潮崎とも共謀して計画的に客殺しを実践してきたものであって、不法行為責任を負う。
よって、被告らは、原告に対し、不法行為に基づく賠償義務を負う。
(二) 原告は、本訴の遂行を原告訴訟代理人弁護士二名に委任した。その手数料は二五〇万円が相当である。
右出費は、被告らの本件不法行為と相当因果関係の範囲内にある損害である。
7 被告会社の債務不履行責任(予備的請求原因)
被告会社は、右(二)のとおり、商品取引の受託者としての義務違背があり、これによって原告が被った損害二五六三万七五〇〇円を賠償する義務がある。
(1) 計算上の損害額 金二八八八万二五〇〇円。
(2) 計算上の利益として委託証拠金に充当された額 金三一五万〇〇〇〇円。
(3) 利益として支払を受けた分 金九万五〇〇〇円。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実は認める。
3 商品取引が投機であることは認める。
4(一) Y3がそのころ電話をして勧誘したことは認めるが、原告に名指しで電話したのではなく、その勤務先の銀行支店に「役職の方を。」と申し込んだところ、原告が出たものである。
(二) Y3が原告の勤務先を訪れ、電話をかけ、さらに勤務先を訪れたことは認め、その余は争う。初めに勤務先を訪れるについては事前に約束をとりつけており、突然に訪れたものではなく、それ以降も「押し掛けた」のではなく、単に訪問して資料を渡したに過ぎない。その際の原告の返事も「考えておく。」「研究する。」というものであった。
(三) 原告が七月一六日に一〇枚の買い注文を出したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
Y3の勧誘は強引でも執拗でもなく、また原告からはその主張のような条件は付されていない。
もし原告主張のようなおそれがあるのであれば、Y3の出入りを断ればよいのであり、常識ある銀行員である原告がやむなく取引に応じたということはあり得ない。
(四) 原告が七月一六日に委託証拠金を払い、注文をしたこと、その数時間後に契約をしたうえで「商品取引のしおり」を渡したことは認める。
Y3が追証拠金が必要となることを説明していないことは争う。短期間に繰り返し取引をしたり巨額の出損をよぎなくされることを説明していないことは認める。説明不要のことである。
(五) Y3が七月一七日に四〇枚の買いを勧め、原告が三〇枚の注文をしたことは認めるが、一回限りとの約束をしたこと、勤務先への電話が約束に反していること、右注文がY3の勢いに押し切られたものであることは争う。
(六) 七月二二日に①②の買い建玉を仕切ったこと、同日、③の買い注文を取次いだことは認めるが、その余は争う。右仕切りも新規の注文も原告の指図による。
(七) 被告会社が各注文を取り次ぎ、原告から委託証拠金を受け取ったことは認めるが、右各注文が無断取引であることは争う。
(八) 売り買いの仲介をしたことは認める。すべて原告の注文によるものである。
(九) 仕切り、建玉は認めるが、その余は争う。益金の証拠金への振替及び二万五〇〇〇円の交付は八月七日である。
(一〇) 両建てが強引であること及び無断で売り注文をゼロにしたことは争う。その余は認める。
(一一) 原告が八月二六日に二一〇〇万円を支払ったことは認め、その余の事実はすべて争う。原告の注文により売り買いを行ったものである。
(一二) 九月三日にすべての玉を仕切り、九日に清算金を返還したこと、その際原告主張の書面を受け取ったことは認める。九月三日に追証拠金の請求をしたこと、その日始めて仕切りを承諾したことは否認する。
5 被告らの勧誘や取引受託には違法の点はなく、その主張はすべて争う。
原告はその職業や経験からしても、いわゆる「相場」についての知識は充分にあり、商品取引が投機であることも充分に理解したうえ、金儲けをしようとして本件取引を始めたものである。Y3は勧誘の際、一枚の取引数量や取引金額を説明していたし、一回目の取引の当日、取引準則による取引を行う旨の「承諾書」を徴し、「準則」や「しおり」を交付して証拠金の種類、追証拠金の意味や発生の条件などを説明した。原告はこれらを読んでその内容を理解し、相場の見通しについても、Y2から業界誌を受け取るなどして研究していたもので、理解力もあり、計算も速く、損益については充分に把握していた。また両建てについても、Y2が、七月二五日、二九日、三〇日、八月六日に、原告の社宅を訪れて、両建てや取引状況を説明し、相場の見通しを述べて、注文を受けたものである。
また、Y3やY2は、絶対的な判断を述べたものではなく、単に自己の相場観に基づいて売り、買いの意見を述べて取引を勧めたにすぎない。八月八日の両建て外しも、Y3が、近く発表されるアメリカ農商務省の収穫予想が不作ではないかと推測し、買い注文を勧めた結果、両建てのうちの売り玉を外すこととしたものであって、予想に反して値が下がったため、一三日には追証がかかってしまったが、原告はその挽回策として、両建てを選択し、折から帰郷していた千葉県まで来るよう求め、Y2は千葉県まで出かけて、原告と資金調達や仕切りの方法について相談し、原告は所有していた株式を売却して、同月二六日二一〇〇万円を被告会社に交付したものである。このころ、原告は手仕舞いしたいとの意向を漏らし、以後は若干の取引しかなかった。九月三日、原告から全部手仕舞うとの注文があったため、これに従った。証拠金の清算後、原告はBに数回電話したが、当初は「自分も男だ、諦めている。」と洩らしていた。
6(一) すべて争う。
(二) 争う。
7 争う。
三 抗弁
1 原告と被告会社との取引は九月三日に終了し、同月九日被告会社は原告に対し預かっていた証拠金の清算を終了したうえ、互いに債権債務のないことを確認したから、原告が被告会社に対し本件取引にかかる一切の請求権を放棄したというべきである。
2 仮に被告らにおいて不法行為責任ないし債務不履行責任を負うとしても、原告は銀行員であり、かつ、株取引の経験もあり、社会通念上判断能力は充分に備わっているというべきであり、また日々の取引については売買報告書も郵送されているのであって、取引を中止しようとすればいつでも中止できるにもかかわらず、それを中止しなかったのであって、原告にも過失があるというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 九月三日に取引が終了したこと及び同月九日に証拠金の清算が終了したことは認めるが、その余は否認する。
被告らは、一連の不法行為の最後の仕上げとして、原告をして、極度の錯誤及び精神的困窮の下で、「取引完了確認書」を作成させたものであるから、右確認は法的に無意味であり、原告がこれによって一切の請求権を放棄したものではない。
2 争う。原告が銀行員であり、若干の株の取引経験があることは認める。しかし原告は商品取引については全くの素人である。原告は社会通念上の判断能力は備えているが、商品取引の専門家である被告らの巧みな操作によりその判断能力を減殺され、取引を継続させられたのであって、いつでも取引を中止できるような状態ではなかった。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 原告の請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右取引の勧誘、受託の経過をみるに、原告、被告Y3及び同Y2の各本人尋問の結果、証人B、同Cの各証言、成立に争いのない甲第五号証の一ないし一六、第六号証の一ないし三、第八号証の一、二、第九号証の一、二、第一〇号証、第一一号証、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし三、第一六ないし第一八号証、第二五、二六号証、乙第一、二号証、第五、六号証、第一〇号証、第一一号証(書き込み部分を除く。)、第一二号証、第一四号証、後記の各証言により成立の真正を認める乙第三号証の一、二、第七号証の一ないし九一、第八号証の一ないし四五、第九号証の一ないし五に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 原告は、昭和三八年高校を卒業してa銀行に入社し、二二年余の間、数カ所の支店や本店で、集配営業、内部記録処理、コンピューター情報処理等の事務を担当し、本件当時は四〇才で、●●支店に営業課長代理として勤務し、内部事務処理に当たっていた。株式の現物取引の経験はあり、現に本件の委託証拠金の一部は所有していた株式を処分して調達したが、信用取引も商品取引も経験はなかった。千葉県b市に自宅があり、●●支店には単身赴任して、社宅に居住していた。
2 被告会社は、本件直前の昭和六一年三月、被告Y1が代表取締役に就任して、このころ、前後して、営業部長にB、その部下にY2、Y3ら登録外務員たちを迎えて、休んでいた営業を再開したばかりで、ゼロからのスタートであったため、各種の名簿を集めて、それによって無差別に電話で接触しては勧誘していた。Y3が原告に電話をしたのも、そうした名簿によったものである。
3 Y3は、初めに五月中旬ころ、原告の勤務先に電話し、その後間もないころと七月初めには、足を運んで資料を渡し、また電話で勧誘した。原告は初め電話では断っていたが、Y3が支店に訪ねると、客用のロビーに出てきて、Y3の勧誘を聞いていた。
その結果、Y3は、脈があると踏んで、七月初めには原告につき顧客カードを作成し、上司に提出した。
4 そして七月一六日朝、Y3は、原告の勤務先に架電し、「いま底値で、間違いなく上がるから、一〇枚でも買ってみませんか。」と強く勧めた。原告はこれに応じて、買い建一〇枚を注文し(限月、指し値はなかった。このことは以下も同じ。)、証拠金七〇万円は、直ちに勤務先から被告会社の取引銀行口座に送金し、Y3は右注文を立会いに通して取引が成立した(①)。
このとき原告は、Y3に対し、しばしば勤務先に電話を受けて、支店内で先物取引をやっていることが知られるのを憚って、何度も電話をしてこないように求めた。
5 同日夕、Y3は原告に会い、「受託契約準則」、「商品取引委託のしおり」を交付し、受託契約準則に従った取引を行うことを承諾し、連絡方法についての指示等を記載した「承諾書」に署名捺印を得た。そして、委託証拠金の仕組みと、どのような場合に追証がいくら必要かについても、右「しおり」に書き込みをしながら、説明した。
6 翌一七日、再びY3は、前日の買値よりも一〇〇円上がったことで、原告に電話し、さらに四〇枚を買い建することを勧め、原告は三〇枚を注文し(②)、同日午後、集金に来たY3に証拠金として現金二一〇万円を交付した。
7 同月二二日、Y3は右建玉が値上がりしたことから、原告に架電して、いったん仕切って利益金を得て、再び買い建することを勧め、右買い建玉四〇枚(①②)の仕切りを勧め、原告はこれを承諾した。仕切った結果、手数料を差し引いても七七万円の利益があり、この益金も証拠金に組み入れて、五〇枚の買い建てに増し玉がされた(③)。
8 右の取引の報告書は郵便で二日位後に原告に届いたが、その直後の同月二五日、Y3の同僚でやや先輩になるY2は、Y3に代わって証拠金に振り替えられなかった七万円の利益金を原告に自宅(社宅)に持参した。そして夜遅くまで、世間話を交えつつ、相場を形成するシカゴ農業市況等の要因等についても話をし、自己の相場観等を話した。原告は理解が早く、相場要因の一つである為替については原告の方が詳しかった。
そしてこのとき、Y2は、あわせて「両建て」について、「同数の注文を出しておくと値動きがあっても損をしないし、追証もかからない。こうして一〇人中九人までは損をしないで済んでいる。失敗した一人は言うことを聞かないで勝手に両建てを外してしまったためだ。」などと説明をし、原告は両建てを安全策と理解して、これを行う気になり、このときの長時間の話で、以後原告はY2を信頼して取引を行うようになった。
9 そして二二日に買い建された玉が値下がりしていることから、原告は七月二九日、被告会社に架電して、両建てに準じて(限月が違った。)当時の買い建玉五〇枚と同じだけ、五〇枚の売り建を注文し(④)、結局合計で五〇枚づつの売り買いの建玉となった。
10 同日夜、Y2が原告宅を訪れ、「両建てで損を取り戻すには、一本では難しい。二本建ての方がやりやすい。」などと述べて、売り買いの建玉数を二倍にするよう勧めた。原告は証拠金が二倍になることから渋ったが、結局その助言に従うこととし、翌三〇日Y2は右注文を執行した(⑤⑥⑦⑧)。
この日、原告は前日の売り建ての証拠金三五〇万円を勤務先から送金し、さらに八月一日、自身と妻の預金を解約して七〇〇万円を工面し、三〇日の両建ての証拠金として勤務先の銀行から送金した。
11 八月二日朝、Y2は、原告に電話して、値動きがあるので処分して利益を出したいと勧め、原告の承諾を得て、④⑤⑦合計一〇〇枚の売建玉を仕切り、一八〇万円の利益が出たので、その旨を原告に報告した。
そして、損を取り戻すために両建てを続けるとの予定に従って、再び一一〇枚の売りを建てた(⑨⑩⑪)。
12 さらに八月四日、Y2は、二日に建てた⑨⑩の一〇〇枚を仕切って、六七万五〇〇〇円の利益を上げたが、さらに⑬⑭の売り計一〇五枚を建て、他方で二〇枚の買いを建て、再び原告の建玉は売り一一五枚、買い一二〇枚と膨らんできた。
13 ところが、同月八日、Y2に代わってY3が、米国農商務省が近く大豆作柄が不作との発表をするとの推測から、相場が上がるものと見込み、原告の承諾を得ずに、売り建玉一一五枚をすべて仕切って両建て外しをした。この取引では手数料を含めて一八九万二五〇〇円の損が生じた。そしてY3は反対に八五枚の買い建てをした(⑮)。
14 その直後の八月一三日に、相場が全般に大幅な下落をしたため、原告の建玉は大きな評価損を出し、追証が必要な状態となり、Y2が、このことを千葉県の自宅に帰郷していた原告に電話で知らせた。原告が被告会社が勝手に両建て外しをした結果であるとして拒否すると、Y2は、「原告の勤務先の上司に会いに行く。」などと述べて、商品取引をしていることを職場で知られたくない原告を困惑させたうえ、「両建てをして損害を食い止めるしかない、さらに両建てだけでなく売りを一〇〇枚多く建てるのがよい。」などと述べ、原告をしてこれを承諾させ、即日、残っていた買い建玉二〇五枚を越える、三〇五枚の売り玉を建てた(⑯⑰⑱⑲)。
この結果、さらに証拠金二一〇〇万円が必要となり、Y2は、千葉県まで証拠金を取立に行ったが、結局原告はすぐには準備できず、株券を売却するのに時間がかかるとのことでそれを待つこととなった。
15 帰阪した原告に対し、Y2らは証拠金の請求を繰り返し、同月一九日には、Y2、Y3のほかB営業部長も加わって請求した。
16 結局原告は同月二六日になって千葉県の金融機関から、株式を処分したりして作った証拠金二一〇〇万円を、被告会社の銀行口座に振り込んだ。
17 同日、原告がもう取引をやめたいと言い出し、順次両建てを外しつつ縮小することとなり、以後原告の注文を受けながらY2が⑳ないしの建玉をしつつ、仕切りをして行ったが、その見込みと異なる値動きに業を煮やした原告は、九月三日朝、B営業部長に、早く全部の建玉を仕切ってしまうよう強硬に注文し、Bがこれを実行して、取引は終わった。
18 清算の結果八五六万七五〇〇円の証拠金の残金があったが、同月九日に、B営業部長が原告に会って、原告に「取引は終了し、清算金は受け取ったので、取引のことについては異議の申立ては一切しない。」旨を約した取引終了確認書を作成させたうえで、ようやく右清算金を返還した。
以上の事実が認められる。
前記各供述の中には、右認定に反する部分があるが、採用しない。その主要な点に対する理由は以下のとおりである。
まず、原告は、最初の取引の際、Y3に、一回だけの取引とし、値が下がったら連絡が取れなくとも処分することという条件を付けたと供述するが、以後も取引が続けられ、巨額の取引となっていることや、Y2が何回も原告の社宅を訪れていて原告がこれを受け入れていることに照らして、たやすく惜信できない。
次に、原告は③の建玉が原告に無断の取引であった旨供述し、たしかに、①②の一二月限の建玉を仕切って利食いするのはともかく、前日までの一〇月限の値動き等からして、③の買い建をしたのが妥当であったか疑わしいが、早くも約束違反があり、そのことを二日ほど後には知ったはずであるのに、そのころY2が訪問したのを受け入れて長時間の問答をし、以後も取引を繰り返していることからして、右③の建玉は原告が全く予想していない完全な無断売買ではなかったと推定される。もっとも、右値動きを見ると、原告が相場の値動きを了解して注文を出したとは認められず、一任売買に近いものであったと解される。なお、原告は、Y2に右無断売買のことを責めなかったのはY2が来宅した七月二五日、被告会社から追証が出ていると言われ、その回避方法に注意を奪われたためである旨供述するが、前日の終値から見て、③の建玉は同日現在では追証を要する状態とはなっておらず、原告が数字に明るいことや「しおり」等を読んでいるはずであることを考えると、追証請求の根拠について説明を求められるかもしれないのに、Y2ら被告会社側が虚偽の追証請求をするとは考えられない。
三1 ところで、商品先物取引は、その商品の生産、加工、流通に携わる「当業者」が行う場合のほかは、商品の受渡しを行わず、ただ売買の差益を目的として行われる、投機取引であって、その代金のおよそ一割位の委託証拠金(本件輸入大豆については一枚二五〇キログラム当たり七万円。一キログラムの値が別表のとおり二二〇〇円前後であった。)で取引に参加できることから、商品価格の僅かな変動によっても投下資本に比して極めて高率の差益金を短期間に得ることができるが、当然これと裏腹に、商品価格の僅かな変動によって逆に投下資本をすべて失ってしまう危険が常に同居しているものである。
しかも、その商品価格の変動要因は世界的規模における社会情勢、経済情勢、政治情勢、気象条件、需要と供給のバランスその他極めて多岐にわたる複雑なものであって、それを予想することは極めて困難であり、また、建玉、手仕舞いについては、投下資本(委託証拠金)の約一割という高率の売買手数料(輸入大豆の場合、一〇枚の建玉と仕切りの往復で計七万円。)を受託者に払わなければならないのであるから、極めて投機性が高く、それによって利益を得ることは非常に難しい。
また、先物取引は高度かつ複雑な仕組みを有しており、取引員と一般大衆との間には、知識、情報、判断力等の点で極めて大きい格差がある。
そうであれば、取引員は、一般大衆を勧誘し、投機の危険を負担させようとする以上、自己責任を負うべき行為の意味を理解し判断する能力を有する顧客からのみ、その自由な意思、自主的な判断による委託を受けるべきものである。したがって、行為の意味を理解し判断する能力を有しない顧客からの委託を拒否し、少なくとも取引の仕組みを理解し危険性を充分に認識できるほどに習熟するよう指導育成し、それまでは過大な取引を行わせてはならず、その受託においては、顧客が危険性を自覚しつつ取引を行うようにし、また仮にも商品取引が危険性の少ない安全な取引であるなどとの誤解を抱かせないようにする義務があるというべきである。そして、このような義務に違反して、取引不適格者を取引に勧誘したり、顧客の知識が不十分であったり、誤解しているのに乗じて取引を増大させたり、顧客の自主的で自由な判断を阻害するような勧誘、説明がなされた場合には、その行為は社会的に許容できないものとして不法行為を構成し、このような取引よって顧客が被った損害を賠償する義務が生ずるというべきである。
2 このような観点からみると、被告Y3、同Y2らによる本件取引の勧誘、受託や被告会社の体制には、以下のような点が指摘できる。
(一) 被告会社は再発足した直後であって、手に入れた名簿によって無差別に電話をして、勧誘をしていたものであるが、社会的経験も豊富で、「為替相場」の仕事の経験もある原告にとっては、商品取引の危険性も理解しえたはずであるから、その電話自体が、原告との関係で不当なものであったとは言えない。
しかし、Y3やY2は、前記乙第一四号証に照らすと、原告が銀行支店役職者であるというだけで(課長代理であることも正確には把握していないが)、その資金余裕についての聞き取りをしたり、資産について質すこともせずに、次々と巨額の建玉を勧めたのであって、その勧誘は執拗かつ強引なものであったと推測される。
(二) また、新規の客であり、経験が無いことも判っているのに、取引の開始までに「しおり」を渡さず、委託の準則も交付していない。しかも最低取引単位が一枚であるのに一〇枚と説明し、「いま底値です。」「間違いなく儲かる。」とかなり断定的な言葉で勧誘し、原告をして、この取引が危険性の少ないものと誤信させようとしている。
(三) 新規受託者保護管理規則は、新規の委託者については、三か月間を習熟育成期間として、原則として二〇枚以上の取引を受託することを禁じているが、Y3は、最初に一〇枚の買い建玉を受託して取引を開始した翌日には、早くも、四〇枚もの買いを勧め、結局三〇枚の買いを受託し、その後もY2とともに僅か一か月半の間に、売り買い両方を合わせた建玉数が一時は五一〇枚にもなる巨額の取引をさせた。
また、右規則では、制限超過の許否を取引員の内部組織である特別担当班が独自に審査決定すべきものとしているのに、成立に争いのない乙第一三号証、証人D、同Bの各証言、Y3、Y2の各本人尋問の結果によると、被告会社の特別担当班は、そのメンバーに営業担当者が入り、責任者は同業他社の役員であって非常勤で、事後的に報告するだけであり、審査の結果を記録する体制もなく、資料らしい資料もなしに、殆ど営業担当者の申請するとおりに事後承諾をしていたにすぎなかったと認められ、被告会社における特別担当班の存在は有名無実であり、Y3、Y2は右規則の趣旨を理解していなかったと認められる。
そして、原告本人尋問の結果によると、原告に対しては、被告会社の誰も、新規委託者についてこのような制限があることを教えなかったことが認められる。
(四) 証拠金を必ず事前に準備するものとすると、委託者は取引の危険性を意識するものであるが、被告会社は、無敷、薄敷での取引を盛んに行い、むしろ取引を成立させてから証拠金を徴求するのを常套手段としていた。
(五) 建玉の二、三日後には仕切りをしたうえ、同日中に同じ買いあるいは売りの建玉を建てた例が多いが、差益を目指しての原告の任意な自由な意思による取引としては、理解できず、被告会社の手数料目当ての無意味な反復売買であったとしか解されないのであって、前記認定の無断売買だけではなく、一任売買に近い取引を行っていたと見られる。
(六) 両建ては、一見したところ損が出ないように見えるが、売り買い双方の玉をともに損を出さないように仕切るのは至難の技であり、むしろ自分で損を確定するに等しく、証拠金を増やして損害を拡大する危険の方が大きいのであって、取引員にとってのみ、証拠金が二倍になり、取引手数料も二倍になるというメリットがあるにすぎないのに、被告らは、両建てを行うことにより、すでに発生した損を取り戻せるかのように勧め、原告にむしろこれにこだわらせて莫大な証拠金を提供させている。
(七) 前記甲第八号証の一、二、第九号証の一、二、証人Cの証言によると、被告会社は、顧客からの委託に対して殆ど全部について反対の注文を建てる向い玉をしていたことが認められる。これは、顧客に対する売買の助言が、被告会社の利益のために行われるおそれがあることを示しており、そうでなくとも、担当者の顧客に対する助言が真摯なものでなくなる可能性を作っている。
(八) 原告の担当者はY3、Y2、Y3と変転、その度に助言や見通しも違い、原告を混乱させた。
これらの点は総体として、取引員としての顧客の利益を図るための注意義務を怠ったというだけでなく、原告に損害を被らせることに意を払わずに、被告会社の利益のみを図ったものと言わざるをえないものであって、社会的に許容される限度を越えており、不法行為を構成するというべきである。
四 被告らは、原告が、清算金の返還を受ける際、賠償請求権を放棄した旨主張するところ、原告と被告会社との取引が九月三日に終了し、同月九日被告会社は原告に対し預かっていた証拠金の清算を終了したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証によると、右清算の際、被告会社が原告から「取引完了確認書」を作成させたこと、これには、清算も完了したから、被告会社とは債権・債務がないことを確認し、異議の申立は一切しない旨の記載があることが認められる。
しかし、原告本人尋問の結果によると、清算金をなかなか返して貰えず、B営業部長から、右確認書を記載しないと清算金を返還することができないと言われたため、早く返してほしかったので作成に応じたものであることが認められ、短期間に巨額の損失を被って精神的な疲労の極にあったと思われる原告が、被告会社らに対してどのような請求権があるかも判らないまま、作成したものに過ぎないから、これによって、不法行為に基づく損害賠償請求権までも放棄したものとみなすことはできないというべきである。被告らの抗弁は理由がない。
五 そこで、原告の被った損害並びに被告らが賠償すべき金額について見る。
原告が証拠金三四三〇万円を被告会社に交付したが、利益金として計二回九万五〇〇〇円と清算金八五六万七五〇〇円の返還を受けただけで、二五六三万七五〇〇円の損失を被ったことは前記のとおりである。
ところで、被告は、過失相殺を主張するので考えるに、前記認定の取引の経緯や原告の知識経験からすると、原告は強引に勧誘されたとはいえ、長年一流銀行に勤務して社会的経験があり、数字や計算にも強かったはずであることや、株式取引の経験もあること、商品先物取引が原則的には客同士の損得により理を図る投機であり、危険なものであることは理解していたはずであり、原告自身金儲けを企てて、危険を認識しながら、手を出したものであること、損害が生じた後も、特に両建てについての誤解を抱かされたとはいえ、Y2らにも質問を発するなどして研究し、自らの選択である程度は危険を承知のうえで、両建てを選んで証拠金を追加していったもので、目先の損失に目を閉じて、いたずらに足掻いて、一層損害を拡大したものというべきであることなどの事情を総合勘案すると、原告にも本件の損害を招き拡大した過失があることは明らかであり、その割合は五割とするのが相当である。そうすると、前記損害のうち五割の、一二八一万八七五〇円が、原告が本件により被った損害となる。
そして、本訴の立証の難易や審理経過等を考慮すると、弁護士費用は、右損害賠償額の約一割の一二〇万円の限度で右不法行為と相当因果関係のある損害ということができる。
六 なお、被告ら個人の責任を考えるに、Y3、Y2は右の違法な勧誘、受託を行った不法行為者当人であるから、個人としても不法行為責任を免れないが、被告Y1については、当時代表取締役であったことは争いがなく、本件直前に被告会社の営業を再開させた者で、被告会社の組織を形成した最終的な責任者ではあるが、例えば新規委託者保護のための特別担当班の実務運営について、具体的に何らかの指揮をしていたことを認めるに足りる証拠はなく、従業員の前記認定の如き不法な勧誘受託行為を是認し慫慂していたとの証拠もないから、同人に不法行為責任があるとはいえず、同人に対する請求は失当である。
七 よって原告の本訴請求は、そのうち、被告会社、被告Y3、被告Y2に対し、金一四〇一万八七五〇円とうち弁護士費用を除く一二八一万八七五〇円について本訴訴状が被告らに送達された翌日であることの記録上明らかである昭和六一年一一月一八日から右支払い済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言にき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)
<以下省略>